大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 平成8年(ワ)832号 判決

東京都〈以下省略〉

原告

X1

右同所

原告

X2

右両名訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

東京都中央区〈以下省略〉

被告

株式会社大平洋物産

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

猪山雄治

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、金一五五〇万〇三三八円及びこれに対する平成六年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  主文一項は仮に執行できる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告ら各自に対し、金三四二八万八六九七円及びこれに対する平成六年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外Bは、商品先物取引受託業を営む被告と先物取引基本契約を締結し、被告に委託して先物取引をしていたところ、平成二年五月三日に死亡した。原告X1はBの妻であり、原告X2はBの子である。そして、原告らは、B死亡後間もない平成二年五月一〇日頃、被告と口頭で先物取引基本契約を締結し、先物取引を始めた。なお、原告X2は未成年であったので、母の原告X1がその法定代理人として契約締結の意思表示をした。

2  原告らは、右基本契約に基づき、別紙取引一覧表記載のとおり、被告に委託して、B及びB1名義で先物取引をした(なお、同一覧表はB生前の取引を一部含む。原告らの委託による取引は、同表記載の取引のうち平成四年五月一四日以降のものである)。右取引につき、未成年者である原告X2については、母であり親権者である原告X1が法定代理人として意思表示をした。登録外務員であり、被告会社の従業員として原告らの先物取引を担当したのは訴外Cである。

3  Cには、原告らから先物取引の委託を受けるに当たり、次の違法行為をした注意義務違反の過失がある。

(一) 先物取引の仕組み、危険性についての説明義務違反

(1) 商品先物取引は利益が大きい反面リスクが大きい投機的取引であるから、先物取引受託業者は、その危険性や投機性を真に理解した者のみから取引を受託すべきである。このため、商品取引法は、先物取引の仕組みや危険性、投機的本質を詳細かつ明確に記載した各種の書面を、これから先物取引をしようとする者に交付するよう業者に要求している(商品取引法九四条の二)。また、取引所指示事項1(3)、受託業務に関する規則五条(2)、受託業務に関する協定4、受託業務管理規則四条も、商品先物取引の仕組みや先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘を禁止している。

(2) 原告らはBのようなプロ同然の投資家とは異なり、先物取引の知識や経験が全くなかった。ところが、Cは、これから被告に委託して先物取引をしようとする素人の原告らに対し、右各書面を交付しないし、先物取引の仕組み等について何の説明もしなかった。このため、原告らは、先物取引の危険性等を理解しないまま本件先物取引に入ってしまった。

(二) 一任取引

(1) 先物取引の顧客が、いつ何を買い、いつ何を売るかについて具体的な指示をするのであれば、顧客はその都度シビアな判断を迫られ、その判断内容いかんによって損失が生じるものであることを身をもって実感でき、ひいては先物取引による損失の発生を未然に防ぐことができる。しかし、業者側に判断を一任する一任取引ではそうではない。このため、先物取引では、一任取引が禁止されている(商品取引法九四条三号、同法施行規則三二条、取引所定款一三八条(3)、準則二四条(1))。

なお、禁止される一任取引とは、①商品の内容、②先物取引の期限(限月)、③数量、④約定価格(指値。ただし成り行きでもよい)、⑤売りか買いか、⑥新規か仕切か、⑦取引の日時の各事項の全部または一部につき、顧客の指示を受けないで取引を受託することをいう(商品取引法九四条三号、同法施行規則三二条)。

(2) 原告らは、Cの勧誘により次の基本方針のもとにCに取引を一任し、Cはこれを承諾して原告らの先物取引を取り次いだ。

①一日の取引量は一〇枚から二〇枚(一枚は八〇俵)の範囲とする。

②建玉に八〇円(手数料額を超える金額)以上の利益が出たらなるべく早く仕切る。

③新規取引は原則として小豆で一番先の限月のものを注文する。

④損が出ている場合には、そのまま建玉を保有し、限月一杯まで仕切らない。

(3) これは、右(1)の各事項について顧客から具体的な指示を受けない一任取引である。このような一任取引により、原告らは、いつ何を買い、いつ何を売るかについてシビアな判断を迫られることがなく、その判断内容いかんによって損失が生じるものであることを身をもって実感できないままに、Cへの一任取引の結果、後記のとおりの莫大な損失を招いてしまった。なお、Cが勧誘した右(2)の基本方針は、利益が出ても小さい段階で建玉を仕切って取引を終了させる一方((2)の②)、損失はそれが拡大するのを限月まで放置する(同④)というものであるから、理論的に莫大な損失が生じるのは必然的な結果である。また、利益が小さい段階で仕切って新たな取引をするとなると、取引が頻繁になり手数料が増えることにもなる。Cは、このような手数料稼ぎの客殺し手法を内容とする不合理な基本方針に基づき一任取引を受託したのである。

4  Cの右注意義務違反の行為により、原告らは、次のとおりの損害を被った。

(一) 先物取引による損害

Cを通じて被告に委託した先物取引の結果、原告らは六二三五万七三九五円の損失を被り、その損失は、Bが被告に預け、原告らが各二分の一の割合で相続した株券及び現金合計六二四三万三三九五円から被告が返却した七万六〇〇〇円の差額金で補填され、原告らは右株券等を喪失し、損害を被った。原告ら各自の損害は、その半額の三一一七万八六九七円である。

(二) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟を依頼したが、その弁護士費用としては、原告ら各自について、右(一)の先物取引による損害の約一割である三一一万円が相当である。

5  Cは、被告の従業員として、被告の事業を執行するにつき注意義務違反の行為をしたものであるから、被告には民法七一五条の使用者責任がある。

また、Cの行為は、同時に、原告らと被告との先物取引基本契約に基づく被告の注意義務違反の債務不履行を招いたものであるから、被告は、原告らに対し、債務不履行責任をも負担する。

6  よって、原告らは、被告に対し、不法行為(使用者責任)または先物取引基本契約の債務不履行に基づき、原告ら各自につき損害賠償金三四二八万八六九七円及びこれに対する不法行為後または債務不履行責任につき催告後の平成六年七月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因の認否

1  請求原因1及び2を認める。

2  請求原因3の認否

(一) 請求原因3(一)のうち、書面不交付の事実を認め、先物取引の危険性等の説明をしなかったとの主張を否認する。

Cは、平成二年五月二〇日、原告X1の自宅で、先物取引の仕組みや危険性、投機的本質について十分に説明した。原告X1は、Cの説明を納得し、預託した株券等の範囲内での取引をCに依頼した。また、原告X1は、Bの病床にいて同人の取引を見聞したり取引を補助したりすることを通じ、先物取引の危険性や投機的本質を十分理解していたから、このような原告らに対しては、一般素人に対するような説明義務がない。

(二) 同3(二)のうち、原告らが先物取引の基本方針を指示した事実を認め、その余の事実を否認する。

Bは、病気で入院中、長期的には小豆の相場が下がるとの見通しのもとに売り難平取引の基本方針をCに指示した。B死亡後は、Cが何ら勧誘していないのに、原告X1の方から進んでBがしていたと同じ基本方針での先物取引の継続を依頼した。しかし、その後、Cの助言により、原告X1は買い難平取引に変更するようCに指示したので、Cはそのように方針を変更した。なお、基本方針といってもそれは大まかな方針にすぎず、原告X1は、個々の取引について事前にCに指示を発し、Cは指示に従った取引を取り次いだ。原告X1から指示がないときは、一週間ないし二週間取引をしなかったことも数回あり、また、Cから、特別な情報を原告X1に提供した結果、原告X1がとくに望んで取引をしたこともあった。以上のとおりであるから、一任取引の事実はない。

なお、原告らの基本方針の指示は、先物取引に熟達していたBが行っていた売り難平取引の手法と同一であり、長期的には相場が下落するとの見通しから、まず売りを建てて下落時に買うというものであって、原告ら主張のように必然的に損失を招く不合理なものではない。

3  請求原因4のうち、Bが被告に預け、原告らが各二分の一の割合で相続した株券(評価額)及び現金の合計が金六二四三万三三九五円であったこと及び被告が七万六〇〇〇円を原告らに返還したこと、右差額金が原告らの損失に補填されたことを認め、その余を否認する。

原告らが主張する損害は、原告らが合理的根拠に基づき買い難平取引をしていたところ、二〇年に一度という下げ相場に遭遇し、また、株式の暴落のために証拠金が目減りして難平取引が継続できなくなったことにより発生したものである。原告ら主張のCの行為と原告らの損害との間には相当因果関係がない。

4  請求原因5のうち、Cが被告の従業員として原告らの先物取引を取り次いだ事実を認め、その余の事実を否認する。

5  請求原因6を争う。

三  抗弁

1  民法九〇条の類推適用

原告らの先物取引による損失は、Bの遺産たる預託株式や現金で補填された。したがって、もし、裁判所が原告らの損害賠償請求を認容すれば、右預託株式や現金が原告らに回復される結果になる。ところが、右預託株式等は、原告らが相続税の申告の際に遺産から除外して相続税を免れたものである(なお、相続税債権は既に時効消滅している)。このような場合に、原告らの損害賠償請求を認容するのは、国家が相続税ほ脱行為を助長するのと同様である。よって、民法九〇条の類推適用により、原告らの本訴請求は、裁判所に対する権利保護要件を一般的に欠くものとして却下または棄却すべきである。少なくとも、原告らが免れた相続税額分の請求を棄却すべきである。

2  消滅時効

被告に損害賠償責任があるとしても、平成三年五月一五日に原告らの建玉の最後の仕切取引がなされたので、このときに本件先物取引による原告らの損害が確定した。被告は、その結果をその日のうちに原告らに通知し、かつ、売付買付報告書及び計算書を原告らに郵送した。また、原告らは平成四年二月初め頃、被告からの報告書を見てCに説明を求めた事実もある。したがって、原告らは、遅くとも平成四年二月初め頃には損害及び加害者を知った。にもかかわらず、原告らはその後長期間、損害賠償請求や法的手段を行使しなかった。よって、不法行為に基づく原告らの損害賠償請求権は、平成四年二月初め頃から三年の経過により時効消滅した。また、債務不履行に基づく損害賠償についても、原告らの損害賠償請求権は問屋契約に基づく商行為によって生じた債権であるから、五年の時効期間の経過により消滅した。被告は右時効を援用する。

3  過失相殺

原告らの先物取引は、被告の勧誘により始まったものではない。原告らは、B死亡により同人が被告に預託していた株券及び現金六二四三万三三九五円を相続したが、それを利用する取引の継続を積極的に希望し、その結果、原告らの先物取引が始まった。また、原告X1はa女子大学入学の経歴と栄養士の資格があり、Bの愛人として同人の先物取引に接してその知識を得、B入院中は約半年間にわたり妻としてBの先物取引に接したものであり、先物取引の素人ではなかった。したがって、原告らの側にも過失があるから、本件先物取引による損害賠償額を算定するに当たってはこれを斟酌すべきである。

4  損益相殺

被告は、平成二年六月七日、本件先物取引による利益金二六七万八〇二〇円を原告らに支払った。したがって、右金額を原告らの損害と損益相殺すべきである。

四  抗弁の認否

1  抗弁1を否認する。

2  抗弁2を否認する。

原告らは取引継続中に損失が発生していることは知っていたが、これがCの不法行為に基づくものとは知らなかった。原告らが不法行為による損害を知ったのは、原告らが日本商品取引員協会へ苦情の申し入れをしてアドバイスを受けた平成六年六月頃である。また、基本契約締結から清算までが一連の取引であるから、債務不履行責任の時効期間は、被告が清算金七万六〇〇〇円を原告らに送金した平成六年七月一九日から起算すべきである。したがって、消滅時効は完成していない。

3  抗弁3を否認する。

原告らはBとは異なり、先物取引の知識も経験もなかったのであるから、原告らの側には相殺されるべき過失がない。

4  抗弁4のうち、被告が、平成二年六月七日、二六七万八〇二〇円を原告らに支払った事実を認め、その余を否認する。

第三証拠

本件記録中の証拠目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3について検討する。

1  先物取引の仕組み、危険性等についての説明義務違反について

(一)  Bの死亡後、原告らが被告に委託して先物取引を始めるに際し、被告の担当者であるCが、先物取引の危険性や投機的本質等について記載した書面を原告らに交付しなかった事実は、当事者間に争いがない。

(二)  また、前示当事者間に争いない事実、証拠(甲一四、原告X1)及び弁論の全趣旨によれば、Cは、先物取引の危険性や投機的本質等について原告らに説明したことがない事実も認められる。Cの陳述書(乙一四)及び同人の証言中には、平成二年五月二〇日原告X1の自宅で説明したとの陳述及び証言部分もあるが、Cは、同日にはBの方針を継続することの確認をしたのみである旨の証言もしており、また、説明したという内容も抽象的であって、右認定を覆すに十分ではない。

(三)  なお、被告は、原告X1はBの病床の側にいてBがする先物取引の情況をつぶさに見聞し、先物取引について十分な知識を蓄えていたから、このような者に対しては素人に対するような説明義務は存在しない旨主張する。しかし、前示各証拠と弁論の全趣旨によれば、原告X1は同人自身の取引として先物取引をした経験は一切なく、単にBの指示をCに取り次いだにすぎないものと認められる。そのような原告X1がBの病床の側にいてBのなす先物取引を被告に取り次いだとしても、それでもって先物取引の知識や経験ができたということは到底できないから、被告の右主張は採用できない。

(四)  先物取引は、利益が大きい反面リスクが大きい投機的取引であることはいうまでもない。そのため、顧客保護のための法的規制や自主規制がなされており、商品取引員及び登録外務員たる従業員は、先物取引に十分な知識、経験を有しない者が安易に先物取引に手を出すことがないよう、また、本人の予想しないような大きい損害を被ることがないよう、右法的規制等を遵守すべき注意義務を顧客に対しても負担するものと解される。したがって、取引の主体がBから原告らに変更したにもかかわらず、前示書面を交付せず、先物取引の危険性や投機的本質等について何ら説明しないまま、安易に原告らを先物取引に導入したCには、注意義務違反の過失があることが明らかである。

2  一任取引について

(一)  原告らがCを通じて被告に委託し、別紙取引一覧表記載のとおり、B及びB1名義で小豆の先物取引をした事実は当事者間に争いがない。原告らは、右取引は、原告らがCに一任した結果Cの判断でなされたと主張するのに対し、被告はこれを否認し、原告X1の個別の指示によりなされたものであると反論する。そこで検討するに、前示当事者間に争いない事実、証拠(甲一四、乙九の一ないし七六、乙一〇の一ないし六〇、乙一四、乙一八の一ないし九、証人C、同D、原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 長年Cを通じ被告に委託して先物取引をしていたBは、病気になって、平成元年五月末に病院に入院した。その後入退院を繰り返した後、平成二年五月三日病院で死亡した。Bは入院中も先物取引をしており、病床からCに指示して売買の注文を発していた。Bは、Cから電話で相場の状況を聞き、その場で注文する方法で取引をしていた。Bに付き添っていたX1もBの指示を受けてCと連絡を取ったりしたことがあった。なお、Cは被告会社の一〇〇パーセント歩合制の外務員であり、同人の顧客はB唯一人であったから、Bの行う先物取引の手数料のみに収入を依存していた。

(2) しかし、次第にBの病状が悪化し、平成二年四月四日がCとBが接触する最後の機会となった。このとき、Bは、次のようにCに指示した。すなわち、自分の病状からして今後はいちいち個別の注文をすることができない。今後はCに一任するから次のような方針でやってくれ。小豆の値段は、長期的に見ると今後下がる見通しである。そこで、まず売りを建てて売り上がっていく。そして、本格的に下がったところで仕切り、利益を得るようにしてほしい、と。なお、被告は、これを売り難平取引と称している。その方針の詳細は、請求原因3(二)(2)のとおりであり、BとCとの間にその方針で取引する旨の合意があった事実は当事者間に争いがない。

(3) 以降、Cは、Bの指示した方針に基づき、Bから個別の指示を受けることなく売り難平取引を始めた。被告は、Bが右のような基本方針をCに示した事実を認めながらも、それとは別途、Bが個別の売買の指示もしたと主張する。しかし、Bが個別に売買の指示をするのであれば、BがCに基本方針を詳細に示した意味がない。この点に関するCの証言もきわめて曖昧である。したがって、個別の指示があったという被告の右主張は採用できない。

Cは、平成二年五月一二日、原告X1からの電話で、同月三日にBが死亡した事実を知ったが、前示(2)の基本方針の決定以降CがB死亡の事実を知るまでの間に、Cは、B名義で一四回、B1名義で八回の新規取引を取り次いでいる(乙九の一ないし一二、乙一〇の一ないし八)。これらは全部、Bの指示した基本方針に沿う新規の売り建玉であり、一任取引の結果である。

(4) Cは、Bの死亡を知った後も、B死亡の事実を被告会社に報告せず、B生前と同様の取引を継続した。原告X1はBが生存しているかのような形のままで取引をすることに不安を持ったが、Cの申出により従来どおりの形でCに取引を一任し、CはB指示どおりの売り難平取引による一任取引を継続した。もっとも、平成二年五月一八日には、B名義で二〇枚、B1名義で一〇枚の買いを建てている(乙九の一九、乙一〇の一五)。この点につき、Cは、八月限月分に限り短期に値上がる特別の情報を得たので前日に原告X1に買いを勧め、その了解を得た結果であると証言する。買いを建てた理由についてのCの証言の真否はともかく、右の買い建玉を除き、CはBのときと同様の売り難平取引を継続した。

(5) しかし、平成二年五月三〇日になると、従来の売り難平取引と一変して、新規の取引は買いを建てるようになった。すなわち、同日から平成二年九月一〇日までの約四か月強の間、B名義での唯一件の例外を除く新規の建玉は全部買いである(乙九の二六ないし五九、乙一〇の一八ないし四一)。平成二年五月三〇日と六月一日だけで総額一億円以上の買いが建てられ、その後も、次から次へと小豆が買われている。そして、本件先物取引による損失は、平成二年五月三〇日から始まったこの買い建玉の結果である。小豆の値段はその後大幅に下降し、結局は低い売値で仕切らざるを得なかった(なお、売り建玉については利益になっており、損失が発生してもごくごくわずかである)。

(6) 右のような方針の変更につき、Cは次のように証言する。平成二年五月二〇日、Cは原告X1に方針の変更を助言した。すなわち、今まで一年間も下げの傾向が続いてきたからこれからは上がる傾向を予想してもおかしくない。また、これから天候相場(六月初めから一〇月)に入るが、天候は悪くなると予想される。つまり、小豆は不作になり値段が上がるだろう。そうすると、従来の売り難平取引をやめて買い難平にしたほうがよい。Cは、そのように原告X1に説明し、平成二年五月二九日に電話で原告X1から了解を得たというのである。

しかし、前示のとおりCがBの指示により一任取引に入り、B死亡後も同様に一任取引を継続してきた経緯に照らすと、Cの右証言は文字どおりに信用することができない。また、原告X1の了解を得たとのCの証言自体、二転三転し必ずしも明快なものではない。仮にCが原告X1に方針の変更を助言し原告X1の了解を得たとしても、今まで一年間下がってきたから今後は上がるだろう、あるいは、今後の天候は悪くなるだろうとかいっても、先物取引に素人の原告X1に対しては、Cの判断を原告X1に押しつけたのと変わりはない。右各事実と原告X1の供述及び弁論の全趣旨によれば、平成二年五月三〇日から始まる買い建玉は、それまでと同様、原告X1の個別の指示に基づかないCの判断による一任取引の結果であったと認められる。事実、原告X1は、平成二年六月五日、Cに対し、「今、相場で、もうかってるの、損してるの」と問い合わせたことが認められる(Cも思わずそのように証言している)。これは、原告X1がCに取引を一任した結果、取引の状況を具体的に把握していなかったことを如実に物語るものである。

(7) また、被告は、乙第二二号証の計算書のとおり右買い難平取引に合理性があった旨を主張するが、Bのように長年の経験を有するプロ同然の投資家であればともかく、先物取引に素人の原告X1にして、手数料がかさみ、利益も危険もともに大きい難平取引の意義を正確に理解できたとは到底思えない。

(8) 平成四年八月の終わり頃、Cは原告X1と出合った機会に、「焦って損を出したからあと三〇〇〇万円くらい何とかならないか」、「社長の墓に札束を持って行かせて下さい」と言って、さらに一任取引の継続を希望した。

(二)  以上のとおりであるから、原告らの先物取引は、Cに一任してなされたものであることが明らかである。先物取引においては、商品取引法や取引所の定款等で一任取引が禁止されていることは原告ら指摘のとおりであり、これは、先物取引受託業者や登録外務員たる従業員が顧客に対して負担する注意義務の内容であるとも解される。したがって、これに反して原告らから一任取引により先物取引を取り次いだCには、右法律等を遵守しなかった注意義務違反の過失がある。

3  よって、Cには、先物取引の仕組み、危険性についての説明義務違反、一任取引により原告らの先物取引を取り次いだ違法行為をした注意義務違反の過失があるとの請求原因3の事実が認められる。右認定に反する乙第一四号証及びCの証言部分は、前示説示のとおり採用できない。

三  請求原因4(損害)のうち、Bが被告に預け、原告らが各二分の一の割合で相続した株券(評価額)及び現金の合計が金六二四三万三三九五円であったこと、被告が七万六〇〇〇円を原告らに返還したこと及び右差額金が原告らの損失に補填されたことは、当事者間に争いがない。この事実と請求原因3の事実によれば、右損失は、Cの注意義務違反の不法行為により原告らが被った損害であると認められる。また、弁護士費用の損害については後記認定のとおりである。

四  請求原因5(責任原因)のうち、Cが被告の従業員であり、被告の事業を執行するにつき、原告らの先物取引を取り次いだ事実は当事者間に争いがない。

五  抗弁について判断する。

1  民法九〇条の類推適用

不法行為は契約当事者間の法律関係ではないから、不法行為に基づく損害賠償請求権の行使に、法律行為の効力について定めた民法九〇条を適用ないし類推適用する余地がない。したがって、被告の右主張は主張自体失当である。

2  消滅時効

被告は、原告X1が被告から送られてきた報告書を見て、平成四年二月初め頃Cに説明を求めた事実があるから、原告らは、遅くともその時に損害及び加害者を知ったと主張する。しかし、民法七二四条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、単に損害を知るに止まらず、加害行為が不法行為であることをもあわせ知ったときを意味するとするのが確立された判例である。そして、先物取引の取次行為自体は通常の商行為であってそれ自体に不法行為の要素がないこと、前示のとおり原告X1は先物取引の素人であり、また、法律の知識がとくにあったわけではないことに照らすと、原告X1が先物取引により損失が発生したことを知ったからといって、それにより原告らが、被告に不法行為責任があることを知ったとは到底いえない。他に、消滅時効の起算点に関する被告の主張を認めるに足る的確な証拠はなく、かえって、証拠(甲一四、原告X1)及び弁論の全趣旨によれば、原告らが損害及び加害者を知ったのは、早くとも原告X1が日本商品取引員協会へ苦情の申し入れをしてアドバイスを受けた平成六年六月頃と認められる。被告の消滅時効の抗弁は理由がない。

3  過失相殺

Cに注意義務違反の過失があり、被告が使用者責任を負担するとしても、本件先物取引は、基本的には原告らの意思により始まったのである。また、原告らは被告会社から何度も送られてきた報告書等を見ていつでも先物取引をやめる機会があった。にもかかわらず、原告らはBから相続した預託株券等があることから、利益を目指して安易に先物取引に入り、これを継続したのである。このような事実からすれば、本件損害賠償額を算定するに当たり、原告らの側にも斟酌すべき過失があることが明らかであり、その過失割合は諸般の事情を総合して五割とするのが相当である。

4  損益相殺

原告らが、平成二年六月七日、被告から二六七万八〇二〇円を受領した事実は当事者間に争いがない。そして、原告らと被告との間には、本件先物取引以外に金員授受の原因は存在しなかったのであるから、原告らが受領した右金員は、本件先物取引による利益金であると認められる。したがって、右金員を損益相殺すべきであるとの抗弁4は理由がある。

六  したがって、被告は、民法七一五条の使用者責任に基づき、原告らが被った損害を賠償すべきである。そして、被告が原告ら両名に賠償すべき金額の総額は、前示先物取引による損害金六二三五万七三九五円に五割の過失相殺を加えた三一一七万八六九七円から、前示損益相殺すべき二六七万八〇二〇円を控除した二八五〇万〇六七七円に、弁護士費用相当額と認める二五〇万円を加えた三一〇〇万〇六七七円となる。原告ら各自についてはその半額の一五五〇万〇三三八円が認容すべき損害賠償額である。なお、認容しない金額の部分について、被告の債務不履行責任を検討するとしても、過失相殺及び損益相殺すべき金額は不法行為の場合と同様であるから、右賠償額に変更を生じることはない。

七  よって、原告らの本訴請求は、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求のうち、原告ら各自につき一五五〇万〇三三八円とその遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 細見利明)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例